研究紹介
私達の研究室では、医薬品原薬を始め、様々な有機結晶を扱っており、特に結晶構造を中心とした構造化学を研究の中心に置いています。このため単結晶・粉末結晶構造解析、結晶成長、化合物や固体の多種の物性測定、また合成に近い分野まで、多彩な機器を使って幅広く研究と勉強ができます。ぜひ、結晶の中の魅力的な世界に触れてみてください。
結晶の中の魅力的な世界
有機物が作る分子性結晶では、比較的弱い相互作用で結び付けられ分子が配列するため、結晶でありながらある種の”柔らかさ”を持っています。このため有機結晶は固体でありながら、周囲の環境変化や外部からの刺激により、容易に結晶内での分子の変化や、結晶構造の再配列が可能です。当グループでは、このような動的な挙動に注目しながら、有機結晶の設計・解析・物性について総合的に研究を展開しています。
有機結晶は結晶性材料としても重要で、特に医薬品結晶や色調変化材料として私達の生活にも深く関わっています。結晶性物質を設計・理解するために最も重要なことは、結晶構造解析により結晶中の分子構造や分子の配列を三次元的に明らかにする事です。このためX線結晶解析の高い技術を基本とし、環境変化型熱分析・各種分光測定・理論計算なども組み合わせて研究します。
最近の研究テーマ
以上のようなコンセプトに基づいて、最近は次のような分野に興味を持ち、研究を行っています。いずれも、テーマに従って学生が研究を推進し、自由な発想で成果を出しています。
医薬品原薬の設計・構造・物性
医薬品の多くは結晶の形で生産、加工、貯蔵、使用されるため、有機結晶材料として興味深い研究対象です。現在、医薬品として好ましい性質(溶けやすく、保存安定性が高いなど)を持つ、より優れた医薬品結晶の創製が求められています。私達はクリスタル・エンジニアリングの観点から、結晶設計や結晶変換を行い、さらに結晶構造を詳細に解析することで、よりよい物性への改善や構造と物性の相関を調べています。
医薬品水和物の脱水・水和転移挙動
有機結晶は周囲の環境変化により、結晶構造、そして安定性・溶解度などの物性が大きく変化します。これを結晶変換と理解し、結晶構造の動的変化挙動として注目しています。特に湿度・温度変化による水和物結晶の脱水和・水和現象では、結晶構造変化により粉末状の結晶しか得られないのですが、近年注目されている粉末未知結晶構造解析法を使い、放射光施設で測定した高分解能な粉末回折データから、結晶の三次元構造の解析に成功しています。
殺菌薬アクリノール結晶の研究では、水和物結晶が構造を保って無水和物結晶I相へと脱水転移する様子、さらに加熱によりII相へ熱構造転移する様子を調べています。これらの結晶構造は粉末結晶構造解析法により決定し、吸水特性の違いや溶出速度の大きな違いを解明しました。この研究は、多数の有機結晶・医薬品原薬結晶の転移メカニズム解明へと展開しています。
医薬品共結晶の設計
溶けやすい医薬品を供給する手段として、近年では共結晶化の技術が注目されています。私達の研究室では、医薬品原薬を主成分とした多成分系結晶を設計・合成することで、様々な医薬品の溶解性改善を試みています。設計のためには有機分子の構造や分子間相互作用の理解が必要ですが、結晶構造解析による知見やデータベースを活用しながら研究を進めています。また、最近は理論計算なども積極的に活用し、共結晶化により溶解性などの物性改善が起こるメカニズムの解明に取り組んでいます。
結晶を合成しよう! 「クリスタル・エンジニアリング」
有機合成で機能性分子を合成できる様に、特別な分子の組み合わせにより結晶を作ることで、「高機能性結晶を合成」することができます。結晶中の構造は作ってみるまでどうなるか分からないと言われますが、特定の結晶構造を作る「包接ホスト」分子を使うことで、鎖状構造や網目状構造を持つ「包接結晶」を狙って作ることができます。これは結晶設計である「クリスタル・エンジニアリング」の一例です。
包接結晶には、機能性を持つ「ゲスト」分子を入れることができ、その機能を最大限に発揮できる「高機能性結晶」として実用化されています。例えば、結晶に殺菌剤を含ませることで、薬剤がゆっくりと外界に放出される、徐放性材料を作ることができました。また、結晶に高分子の重合開始材を含ませることで、環境変化に強い材料を作ったり、重合開始温度を制御した材料を作ることもできます。
このような結晶設計や機能性の発現は、すべて包接結晶の構造に基づくものですから、X線結晶構造解析を行い、分子・原子レベルで、なぜそのような機能を持つのかを知ること、そしてその知識をもとに新しい包接結晶を設計することは重要なことです。
クロミズムを示す結晶の創製と物性制御
刺激により、可逆的に色調が変化するクロミズム現象の研究は、センサーなどの機能性材料創製への展開が期待されています。結晶への光照射で可逆的に結晶の色が変化するフォトクロミック結晶は、情報化社会の一端を担う「光情報記録媒体」や調光サングラスにも応用されています。有機結晶のフォトクロミズムを利用し、よりよい特性をもつ結晶を作り出すためには、反応のメカニズム解明が重要であり、特に分子構造・結晶構造変化の研究が必要です。
フォトクロミズムを示すサリチリデンアニリンの研究では、発色を制御するために、結晶中の分子のコンホメーション変化を誘導することに成功し、さらに、結晶多形、多成分系結晶などによるフォトクロミズム制御法を開発しました。また、蒸気により結晶の色が可逆に変化する「ベイポクロミズム」を示す有機結晶を見いだし、結晶構造変化や理論計算からメカニズム解明を行いました。特別なガスを色変化として検出できるセンサーへの応用も期待されています。
不斉発現のメカニズムを観察できるコバロキシム錯体
医薬品は立体異性体が異なることで、体内で全く異なる効果を示す場合があり、異性体の片方を狙って合成することのできる不斉合成の研究はとても重要です。不斉合成の研究は古くから行われていますが、通常の有機合成では溶液中で行うことから、反応途中の構造の変化は見ることができないため、反応機構が解明できないことも多く、謎に包まれています。そのため不斉発現のメカニズムを解明するためには反応過程を直接観察することが必要です。
ビタミンB12のモデル化合物として研究されているコバロキシム錯体は、可視光照射によって結晶状態を保ったまま反応が進行する結晶相異性化反応を起こすことが知られています。この反応は、結晶格子を保持したまま進行するため、X線結晶構造解析を用いることにより、反応における分子構造の変化を直接三次元で追跡することができます。私達は不斉な結晶場を導入することによる不斉反応の達成にトライするとともに、この不斉反応についても3次元構造観察よりその不斉発現のメカニズムを解明することに取り組んでいます。